「レーモンド建築に囲まれて」 東京女子大学 杉並区
- 2005.11.01
「洋館への誘い」で紹介してきた建物達は土地の大工によるデザインの建物が多く、誰々の設計と言われるような建築は今までなかった。東京女子大学はそんな流れの中では珍しくアントニン・レーモンドという建築家による設計で有名な大学だ。
レーモンド(1888〜1976)は日本の建築界に多大な影響を与えた建築家の一人で、四十年以上に及ぶ日本での建築活動の中でレーモンド建築事務所からは吉村順三や増沢洵などの多くの優秀な建築家が育っていった。しかしながら建築史の中で語られることは少なく、僕自身学生時代にレーモンドのことを学んだ記憶がない。レーモンドの生きた時代が第二次大戦を挟んだこと、また建築の作風がよく変わったことでも有名で、それ故、建築史の中での捕らえどころが難しいところもある。
東京女子大学では、本館や住居棟の水平線が強調されたプロポーションと軒先の深い陰影がフラン・クロイド・ライト(帝国ホテル)を、礼拝堂の塔のデザインとコンクリートの窓の抜き方がオーギュスト・ペレ(ル・ランシーの教会)の影響を受けていると言われている。
確かに他の建築家のイメージを連想させるかもしれないが、大学の構内に入ると包み込まれるような優しい空気と心地よい安定感がある。これは絶妙な建物デザインの選択と配置によるものだ。誰の影響を受けていようがその選択は間違っていなかったと言えるのではないだろうか。それどころか、ライトやペレに似ているというエピソードがひとり歩きをしていて、建物を素直に鑑賞する妨げになっているような気さえした。
レーモンドは建築を考えるにあたって「単純さ」、「正直さ」、「率直さ」、「経済性」、「自然さ」という五つの原則があると言っている。この五原則の中に「自然さ(natural)」という言葉を入れているところが、他の国際建築様式を押し進めた建築家と一線を異にするところである。実はこのレーモンド建築の自然環境との関わりが最近注目されていて、平成の今になって一般雑誌などで注目されるようになってきている。
「自然」とは「自ずから然りなり」と読むことができる。レーモンドが漢字を訓読みしていたとは思わないが、厳しい自然と対峙する西欧的な自然観だけでなく、共に共生していく日本的な自然観をレーモンドは持ち合わせていたように思える。校内の奥に進むと、木々が生い茂り、武蔵野の台地に点在してたであろう森を彷彿させる。建物は自然体で森と一体となるように計画されたのではないだろうか。
東京女子大学が設計された大正末期〜昭和初期という時代についても触れておきたい。この時期の建築は様式建築から近代建築(機能主義・合理主義・経済主義の建築。地域を選ばない建物なので国際建築様式とも言われる)へとデザインが大きく変わろうとしていた時代だが、大学建築などのアカデミックな建物は依然、様式建築が好まれていた。同じ時期に建てられた一橋大学(1927年)や明治大学(1930年)は様式建築の流れを汲んだ建物である。そのような中で、レーモンドに新しい時代のデザインでキャンパス計画を任せたところが興味深い。様式というベールを纏う必要のない建学の精神がそこにはあったのかもしれない。
レーモンドの設計した建物は築60年も経っているものの、古さを感じさせないほど手入れが行き届いていた。同世代の建物がどんどん建て替わっていく中で、これほど愛着をもって維持管理されている建物は少ないだろう。学生はレーモンドのことを知らないかもしれないが、忘れられない空間として彼女達の記憶の中に刻まれていくだろう。
■参考文献
「アントニン・レーモンドの建築」三沢浩 1998年 鹿島出版会